5/6「私がペットロスを受け入れた想いと決意」

あれから1年が経った。
窓辺に立ち、いつものようにコーヒーを飲もうとした瞬間、手が滑ってコップを落としてしまった。

カチャン、という音と共に、コップは粉々に砕け散った。

「あ…」

呆然と床を見つめる。
モカがいたら、驚いて吠えていただろうか。
それとも、心配そうに寄ってきただろうか。

そんなことを考えていると、不思議な感覚が襲ってきた。


なぜだろう、少しすっきりした気分になる。
今まで胸に溜まっていた何かが、このコップと一緒に割れたような感覚。



新しいコップを買い替えに出かけた。
久しぶりにきちんと街を歩く。

人々の笑顔、街の喧騒、それらが少し眩しく感じる。
店で好みのものを選びながら、ふと気づく。
ちょっと気分がいい。


「なんでかな?もしかして、私、変わろうとしているのかな」


その日を境に、少しずつ視点が変わっていった。
モカを忘れるわけじゃない。
悲しいけど、現実を受け入れなければ。
ちょっと頑張ってみようかな。

ペットロスを克服、乗り越えようかなと不思議となぜか思えるようになった。


友人にこの気持ちを話すと、メモリアルネックレスを勧められた。

「こういうアイテムもあるんだ…」

最初は躊躇したけど、モカの温もりを感じられるような気がして、肌身離さず持つようになった。
不思議と心が落ち着く。


SNSやネットで同じペットロスの人と交流するようにもなった。
みんな同じように苦しんで、それでも前に進もうとしている。
その姿に勇気をもらえた。


「モカとの思い出、聞かせてください」
「うちの子も突然亡くなって、しばらく立ち直れなかった」
「毎日泣いていたけど、少しずつ前を向けるようになりました」


そんな言葉に、少し救われる気がした。
自分だけじゃないんだ。
みんな同じように苦しんで、それでも少しずつ前に進んでいるんだ。



色々と試したり、少しずつ前向きになれた気がする。
でも、まだモカの写真は見られない。
そこまでの勇気は出ない。

引き出しにしまったアルバムに手をかけては、途中で諦めてしまう。

モカの輝いていた黒い目が懐かしい。
あの目には、いつも好奇心と愛情が溢れていた。
きっと今の私は、目も死んでいるんだろうな。
鏡を見るのも怖い。

でも、あの時のモカみたいになりたい。
色々なものに興味を持って、駆け回って、楽しそうにしているモカに。

モカはどんな時も生き生きとしていた。
雨の日も、風の強い日も、いつも前を向いて歩いていた。

「私はモカになる」



そう思った瞬間、胸が熱くなる。
涙が溢れそうになるのを必死で堪える。

そうすれば、もう離れ離れにはならないでしょ?
モカの生き方を真似ることで、モカと共に生きていける。



公園に立ち、深呼吸をする。
モカと一緒に歩いた道を今度は私一人で歩く。
でも、心の中にはモカがいる。
ネックレスを握りしめながら、一歩一歩進む。

「モカ、一緒に歩こうね」

そっと呟きながら、一歩を踏み出した。

風が頬をなでる。
あの毛並みが頬を流れるよう。
モカが寄り添ってくれているような気がした。


木々の間を吹き抜ける風、小鳥のさえずり、遠くで遊ぶ子供たちの声。
これらの音が、少しずつ心に染み込んでくる。

モカと一緒に散歩していた時は、こんな風に世界を感じていたんだろうか。


ベンチに座って、モカと過ごした日々を思い出す。
楽しかったこと、嬉しかったこと、時には困らされたこと。
一つ一つの思い出が、心を温めてくれる。


まだ辛いけど、少しずつ前に進んでいける気がする。
モカとの思い出を胸に、新しい一歩を踏み出す勇気が湧いてきた。


これが「前を向く」ということなのかもしれない。
モカを忘れるのではなく、モカと共に歩んでいく。

そんな決心をした、穏やかな秋の日だった。


帰り道、ふと空を見上げると薄っすらと星が見えた。
「モカ、見えるかな?きれいだね」 思わず声に出してしまう。
でも今回は、悲しさだけじゃない。どこか温かい気持ちも混ざっている。



家に帰って、新しく買ったコップでコーヒーを飲む。
窓の外を見ながらふと思う。

「モカ、私、少しずつだけど、前を向いて歩いていけそうだよ。これからもずっと一緒だからね」

そう呟きながら、静かな夕暮れを眺めた。
明日からも、一歩ずつ。

モカと一緒に、新しい道を歩んでいこう。

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